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明日に向って寝て!

映画とか、本とか、アイドルとか、旅行とか。基本的にネタバレします。

白鯨との闘い

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原題:In the Heart of the Sea
監督:ロン・ハワード
製作年:2015
製作国:アメリカ

あらすじとか

古今東西いろんな物語のベースになってるにも関わらず読んだ人が少ないだろう名著『白鯨』はとにかく読むのが大変だというのが有名。
読んだことがなくてもタイトルだけは聞いた事あったり「モービー・ディック」という名前だけは聞いた事あるって人は多いじゃないだろうか。ノーチラス号と並んで海の乗り物につけられる名前2強って感じだ。
この映画はその『白鯨』の元になった海難事件をベースにしたお話。原作としては事件の調査結果をまとめた本『復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇』。
鯨から取れる油があらゆる燃料とされていた時代、捕鯨のために出航したエセックス号が巨大なマッコウクジラに襲われ、難破。小さなボートでの漂流が始まる。
そう、実はこの映画のメインは鯨との戦いではなく、そのあとの漂流にある。
『白鯨』は鯨との戦いの話だけど、『復讐する海』は漂流の話なのだ。


監督はロン・ハワード。『アポロ13』『シンデレラマン』『ラッシュ/プライドと友情』など史実ベースの映画ならお手の物。
主人公オーウェンにはソー様ことクリス・ヘムワイヤーズ。ソー様なら鯨くらいムジョルニアで一発なのに。あ、でもそんなことしたらネイモアがブチ切れて戦争になっちゃうな。。。
オーウェンの友人にして船の乗組員にはキリアン・マーフィー。こっちはバットマンスケアクロウ。俺がアメコミ脳ってことを差し引いでも最近のハリウッドは石を投げればアメコミ俳優にぶつかる勢い。
ポラード船長にはベンジャミン・ウォーカーリンカーン)、メルヴィル役にはベン・ウィショー(007のQ)などなどかなり豪華な布陣。
捕鯨船の話なので基本的に登場人物は全員男。画面にはずーっと無骨な男が映り続けて華やかさはほぼ無し。女性でセリフあるのは2人くらいで搭乗時間もかなり短かった。
では画面の華やかさを誰が担ってるかというとそれはもちろんタイトルの通り鯨ってことになる。

帆船カッケェ!海怖えぇ!

出航のシーンは鳥肌がたった。大声で指示を出すオーウェン、ロープを引き、帆を張る船員。 トラブルもオーウェンの機転と技術で乗り切る。
堂々と帆を張り日を浴びる帆船の姿は神々しくもあり、すごくかっこよかった。
帆船の模型がなんであんなに人気あるのかよく理解できた気がする。

海の怖さってのも見せつけられた。
海が大好きで、子供の頃海水浴に行くと休憩もせずに泳いで両親によく呆れられた。
沖の方まで泳いで浮いてるのがすごく好きだったんだけど、ふと不安が頭をよぎる。このままもっと沖に流されて帰れなくなっちゃうんじゃないか。海の底に何かいて襲ってくるんじゃないだろうか。あたりはやけに静かで波の音しかせず、まるで世界に一人気になってしまったような不安感。慌てて浜まで泳いで地面を踏みしめた時の安心といったら。
あの時の恐怖や安心を観ながら思い出してた。

対立と友情

この映画内では2つの大きな対立が描かれていると思う。
1つは船長のポラードと一等航海士オーウェン
オーウェンは熟練の船乗りで、今回の航海では船長を約束されていたのに、名家のポラードが船長の座に着く。
農夫の子という出自から馬鹿にされることの多いオーウェンはポラードが気に入らない。
実際のところポラードは経験不足で、帆を張ったまま嵐につっこみ、船を沈没の危機に陥れるばかりかそれをオーウェンに非難されても自分の非を認めることすらしない。
しかし、巨大鯨に遭遇してからはその対立が逆転していく。オーウェンは鯨を倒すことに取り憑かれて船が難破する原因を作ってしまう。
対してポラードは沈みゆく船から食料を運び出しボートに移るという的確な指示を出す。落ちた船員を必死に助け、食料の分配などリーダーシップを発揮する。
オーウェンはといえば燃え盛る船からなかなか出てこずに仲間を危険にさらしてまで取ってきたのは鯨と戦うための銃という取り憑かれっぷり。
この対立はその後も関係性を変化させていき、最終的にまた構造が逆転して終わるのがすごく興味深い。
オーウェンは商船の乗組員となり捕鯨をやめ、ポラードは鯨に取り憑かれ何度も出航することになる。。。


もう1つの対立はもちろん、鯨と人間。
人間は自らの発展のために鯨を狩る。個人に視点をフォーカスするなら、鯨油を売って家族を養うため、家族を守るために捕鯨する。
鯨も自分の仲間を守るために、人間たちに襲いかかる。
どちらも行動原理は一緒なんだけどもやっぱりいつだって人間はやりすぎる。鯨の取り過ぎで数が減ってることは会話中で示唆されるし、序盤でとんでもなくグロテスクな鯨解体シーンがあるためにどうしても鯨に感情移入してしまう。

オーウェンとポラードは終盤、それぞれ気高い行動をとる。
オーウェンのそれは鯨を見逃すこと。鯨に復讐する絶好のチャンスがあったにもかかわらずオーウェンは鯨にやす(鯨を殺すために使う武器)を投げることはしない。それを見たポラードは激怒する。
しかし、ポラードも最終的には鯨を守る行動を起こす。救助された後、難破のための聴問会で「船は座礁して難破した」と証言をすることを迫られる。
鯨に襲われたなんて言ったら乗組員が怖がって鯨が取れなくなってしまうからだ。しかし、ポラードは全てを話す。

なぜ二人は鯨を守ったのか。それは二人が鯨に襲われ、畏怖しながらも最終的に鯨との間にい絆のようなものを感じたからではないか。
そう、前述した通り鯨も人間も一緒なのだ。オーウェンとポラードが対立しながらも友情を築いたように、鯨と人間も対立しながら友情を築いたのだ。

映画は石油が掘り当てられ、鯨油を使う時代が終わることを示唆して幕を閉じる。
そして始まった石油の時代は現代まで続いていて、当分終わりそうにない。
地球という巨大生物を殺しながら油を奪っているのだ。
このままでは地球が怒って襲ってくるかもしれない。白鯨のように。
果たして、私たち人間がやすを収める日は来るんだろうか。

参考リンク

「白鯨」の元ネタは小説より壮絶だった[ナショジオ] :日本経済新聞

復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇 | ナサニエル フィルブリック, Nathaniel Philbrick, 相原 真理子 | 本 | Amazon.co.jp