明日に向って寝て!

映画とか、本とか、アイドルとか、旅行とか。基本的にネタバレします。

『サウルの息子』 - 4DXを超えた超体感型映画!ただし体感するのはこの世の地獄

f:id:j04401:20160201160942j:plain
原題:Saul fia
監督:ネメシュ・ラースロー
製作年:2015
製作国:ハンガリー

あらすじ

2015年・第68回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したハンガリー映画。アウシュビッツ解放70周年を記念して製作され、強制収容所で死体処理に従事するユダヤ人のサウルが、息子の遺体を見つけ、ユダヤ教の教義に基づき葬ろうとする姿や、大量殺戮が行われていた収容所の実態を描いた。1944年10月、アウシュビッツ=ビルケナウ収容所。ナチスにより、同胞であるユダヤ人の死体処理を行う特殊部隊ゾンダーコマンドに選抜されたハンガリーユダヤ人のサウル。ある日、ガス室で生き残った息子と思しき少年を発見したものの、少年はすぐにナチスによって処刑されてしまう。サウルは少年の遺体をなんとかして手厚く葬ろうとするが……。ハンガリーの名匠タル・ベーラに師事したネメシュ・ラースロー監督の長編デビュー作。(映画.comより)

監督とハンガリーの歴史

監督はハンガリー人で、まだ40歳前の若手監督。この映画が長編デビュー作だってのにこんなとんでもない傑作を作り上げてしまった、本物の天才。
監督がこの映画の前に撮った10分ちょっとの短編がYoutubeにあがってます。こちらも傑作でした。

www.youtube.com

第二次世界大戦中、ドイツに占領されたハンガリーは積極的に国内のユダヤ人狩りに手を貸します。
ハンガリー国民の密告という形で、国内に住んでいた多くのユダヤ人が虐殺されました。その数は40万人以上とも言われています。
ハンガリー人はそれまで隣人として暮らしていたユダヤ人をドイツに差し出したという負の歴史を抱えており、この短編はそれがテーマになっています。
タイトルの"With A Little Patience"は『少しの我慢』という意味で、少しの間我慢してユダヤ人を殺して全て忘れてしまおうとした当時の精神性を表したものでしょう。

この短編を観ると、ネメシュ・ラースロー監督はとても特徴的な映像の作り方をすることがわかります。
まずは画面が正方形に近い、スタンダードサイズで作られています。テレビでさえビスタサイズという横長の画面になった今、この画面はとても窮屈で閉塞感があります。
画面上には主人公のアップがずーっと映し出されており圧迫感があります。被写界深度も浅いために背景はボケた映像がわずかに映るだけです。
画面の狭さも相まって、主人公の周辺の状況はほとんど把握できずに、ボケたわずかな映像や周囲から聞こえてくる音から何が起きてるかを想像するしかありません。
また、1カットがものすごく長く、別段何も起きていないのに画面には息が詰まるような緊張感が張りつめています。

狭い画面による閉塞感。被写界深度の浅い寄りの映像による圧迫感。長回しによる緊張感。
この3点がネメシュ・ラースロー監督の大きな特徴と言え、それは『サウルの息子』でも存分に発揮されています。

4DXを超える超体感映像!ただし体感するのは"この世の地獄"

"ゾンダーコマンド"という言葉をご存知ですか?私もこの映画を観るまで知りませんでした。
ゾンダーコマンドを知らなくてもアウシュビッツを知らない人はいないでしょう。大戦中、ナチスドイツによって400万人以上のユダヤ人が虐殺された場所です。
(400万人ってちょっと意味がわからな過ぎて全然イメージが湧かなかったので、都道府県の人口で一番近いところ調べてみたら静岡県の360万人でした。静岡県民全員より多くの人を虐殺。やっぱり意味がわからないです)
そのアウシュビッツユダヤ強制収容所で実際にユダヤ人たちを殺していたのがゾンダーコマンドという部隊です。

そして、そのゾンダーコマンドはユダヤ人で構成されています

ナチスドイツは強制的に収容したユダヤ人たちをユダヤ人に殺させていたのです。
もちろん、最終的にはゾンダーコマンドのユダヤ人も殺されます。
短編"With A Little Patience"の最後に出てくる、縦縞の服を着た彼らがおそらくゾンダーコマンドです。

主人公、サウルはそのゾンダーコマンドの一員です。
この映画ではそのサウルをひたすらに追いかけます。
サウルたちゾンダーコマンドは運ばれてきた同胞たちの服を脱がせ、シャワー室だと嘘をついてガス室に送り、ガスを放出し、換気してから死体を運び出し、死体から金歯や指輪を集め、床に巻き散らかされた血や糞尿を掃除し、死体を焼却し、灰を川に撒きます。
それを言葉をほとんど発さず、無表情で、ただ淡々と行います。
その様子はただの"作業"であり、ただただ"処理"を行っているという言葉がぴったりの様子でした。
生きている人や、人間の遺体を扱うそれではありませんでした。
カメラはそれをひたすらに追いかけます。

この"処理"を前述した方法で撮影しているので、具体的なものはほとんど映りません。
画面にはただひたすらサウルの無表情が映っているだけです。
時折サウルの肩越しにちらっと映るピンボケした"何か"や、画面のそこから聞こえて来る"声"や"音"がそこで何が起こっているのかを雄弁に語ります。
ちらりと映る積み重なった肌色の"何か"や、画面には映っていない扉を内側からガンガンと叩く"音"が、そこで何が行われているのか鮮明に想起させます。

監督はどうやら観客にゾンダーコマンドを体験させようとしたらしいのです。
同胞殺しやその死体処理をさせられていたゾンダーコマンドたちは完全に心を閉じて何も見ず、聞かず、感じないことで自分の心を守っていたはずだと考え、具体的なものは何も見せないこの手法をとったとのことです。
そして、その目論見は完全に成功してるといえるでしょう。
そこで繰り広げられる光景はまさにこの世の地獄としか言いようのないものであり、そこに放り込まれたような気分にさせられた私は何度劇場から逃げ出そうと思ったことでしょうか。。。。
ここのところ、3Dや4DXによる体感型映画が流行っていますが、まさにこれは地獄体感型映画でした。

映画の意味

サウルはガス室から運び出された子供の死体が自分の息子だと気づきます。
そして彼はなんとかユダヤ教の教義に基づく埋葬をしてやりたいと、ユダヤ教の聖職者ラビを探すことで物語は進んでいきます。

映画のラスト、サウルは絶望的な状況である人に出会い、そこで初めて人間的な表情を見せます。
それがいったい何を意味しているのか。
それを考えるとこの映画が撮影された意味が分かる気がしました。

 

以下、あくまで個人的な解釈ですが核心的なことについて書くので、できれば鑑賞後に読んでもらえると嬉しいです。
間違いなく歴史に残る傑作であり今世界中が観るべき映画だと思うので、観て絶対に損はしないはずです。
驚異の地獄体感型映画!超絶オススメです!!

 

 

 

 

物語の最後、サウルはある絶望的な状況でひとりの少年を見かけ、彼に微笑みかけます。
その後、サウルはナチに殺されてしまいます。
おそらく少年は"未来"の象徴であり、つまるところサウルから見た未来に生きている私たち観客自身です。

ナチスドイツはアウシュビッツに関するものを完全に消滅させ、歴史上からこの事実を消そうとします。死体を焼却するのもそのためです。
そのせいで、今でもアウシュビッツでの正確な死者数はわかっていません。
劇中、なんとか記録を残そうとしているゾンダーコマンドの一員が登場します。
この映画の元となった手記もそうやってゾンダーコマンドの一員が残したものとのことです。

歴史から完全に消されようとしていた自分たちを少年(=観客)が見つけたくれた。
その安堵からの微笑みであり、この歴史が繰り返されないことを祈って少年(=未来)に希望を託した微笑みなのではないでしょうか。

全編とにかく見ているのが本当に辛い映画でしたが、中盤に本当の地獄が待っていました。
送られてくるユダヤ人が激増した結果、収容所ではガス室や焼却施設が足りなくなります。
するとナチスドイツは大きな穴を掘り、そこに服を脱がしたユダヤ人をひたすら放り落としていきます。
裸のユダヤ人に機関銃を発射したり、火炎放射器で炎を浴びせたりします。
この大パニックも例の体感型映像でひたすらに見せつけられます。

吐きそうでした。

差別意識が、
選民思想が、
過ぎたナショナリズムが、
行き着く先がこれです。

今、世界ではシリア難民が大きな問題となっています。
ハンガリーでも難民排斥運動が盛んです。
フランスでは極右政党の国民戦線が躍進し、アメリカでは移民や難民を極端なナショナリズムで攻撃するドラルド・トランプが支持を集めて話題になっています。

では、日本では。
2014年の難民認定はたったの11人で、この姿勢を支持する世論があります。
特定の国へのヘイトスピーチが繰り返され、根拠のない嫌悪感と無駄に強いナショナリズムが形成されています。
政府は・・・ここで政治の話はやめます。

これらが行き着くところまで行き着くとどうなってしまうのか。
それを教え、体感させてくれるのがこの映画でした。

参考リンク

監督のインタビュー

今一番信頼出来る映画評論家 町山さんによる映画の紹介

観ながら連想した、同じく地獄のような戦争映画