明日に向って寝て!

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『レヴェナント 蘇りし者』- 超美麗映像で描かれる魂の旅路

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原題:The Revenant
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
制作年:2015年
制作国:アメリカ

あらすじ

狩猟中に熊に襲われ、瀕死の重傷を負ったハンターのヒュー・グラス。狩猟チームメンバーのジョン・フィッツジェラルドは、そんなグラスを足手まといだと置き去りにし、反抗したグラスの息子も殺してしまう。グラスは、フィッツジェラルドへの復讐心だけを糧に、厳しい大自然の中を生き延びていく。(映画.comより)

面白かったけど・・・

本年度アカデミー賞で三冠を受賞した本作。
イニャリトゥ監督は2年連続受賞だし、撮影監督のエマニュエル・ルベツキに至っては3年連続受賞。さすがというかなんというか。
現代において綺麗な映像を撮らせたらエマニュエル・ルベツキの右に出る者はいないと言っても過言じゃないでしょう。
そして、レオナルド・ディカプリオが悲願の主演男優賞を受賞
数々の傑作映画で名演から怪演までこなしてきたにも関わらずこれまでアカデミー賞とは無縁の存在でしたが、本作でやっと受賞。
今年のアカデミー賞は「マッドマックスが何冠とるか」と「デカプーは受賞できるのか」が二大話題だった印象です。

日本での公開は諸外国に比べて公開が遅かったのでヤキモキしたのですが、やっと公開ということで喜び勇んで観に行きました。

そしたらすごく面白かったんです。
面白かったんですが、よくわからなかったんです。
なかなか納得のいく解釈が見つからず、なんでこんなに面白かったのか自分でもよくわかりません。

インタビュー記事なんかも探してみたんですがどれも「いかに撮影が大変だったか」ってことばかり語られてて、映画の解釈について解説してくれているようなものが見当たりませんでした。
国内の感想記事なんかも幾つか読んだんですが、まだ公開から日が浅いからかあんまり解釈的なところまで踏み込んだのが見つかりませんでした。
なので海外のレビューサイトなんかを参考にこの映画を解釈しようと思います。

超美麗なネイチャー映像

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とまぁ前置きしましたが、解釈云々よりかはまずその綺麗過ぎる映像を語るべきでしょう!
今世界で一番綺麗な映像を撮る男、エマニュエル・ルベツキによって撮影された超美麗な自然の映像は息を飲むほど美しかったです。
照明を使わず自然光だけで撮影したというこの映像を大スクリーンで観れるってだけでこの映画を観る価値があります。

あえて欠点を言うのであれば、映像が綺麗すぎてポストブロダクションが浮いてしまっていたという点。
後からCGで足した映像が邪魔してしまっている感が否めません。
特にクマの吐息でカメラのレンズが曇るという演出。
のちに主人公グラスの吐息でレンズが曇るという演出もあり、これによりクマとグラスの同一化が示されます。(詳しくは後述)
この演出がしたかった意図もわかるし、レンズの曇り→山にかかる霧→フィッツジェラルドが吐くパイプの煙というマッチカットをやりたかっというのもわかりますが、あそこでカメラの存在を意識させる演出をする必要はなかったように思いました。

『サウルの息子』と同じ点、違う点

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また、この映画の映像には2つ大きな特徴があります。それは長回しとアップの多用。
カメラは登場人物にグッと寄り、その人物を長回しでひたすら追いかけます。
これは臨場感を狙った演出であり、観客はまるで自分がそこにいるかのような感覚に陥り登場人物たちの行動を追体験します。
これは以前感想記事を書いた、『サウルの息子』と同じ演出方法であり追体験という意味でも同じ効果を狙っていると思われます。

asunete.hatenablog.com

しかし本作と『サウルの息子』には決定的な違いがあります。
それは背景の捉え方
サウルの息子では画面を1:1に狭めて被写界深度を極端に浅くしているために、背景はほとんど映らない上に映ったとしてもピントが合ってないために主人公がいる状況がよく把握できません
これは同胞を騙して殺した上にその死体の処理までさせられている主人公が心を閉ざし、周りを見ないようにしていることを表現でした。

対して『レヴェナント』では横長の広い画面で被写界深度を思い切り深くしています。
登場人物のアップを中心に広がる大自然の映像には隅々までピントが合い、登場人物が置かれている状況をはっきりと捉えることができます
これは『サウルの息子』同様に主人公の意識を表したものだと思います。
つまり、『レヴェナント』と『サウルの息子』では主人公の世界の捉え方が逆なのです。
熊に襲われ重傷を負い、先住民たちに追われながら厳しい大自然の中を生き抜くには野生の獣のように感覚を研ぎ澄ませ、周りの状況を常に把握しながら歩みを進める必要がありました。
背景を常に捉え続ける映像はそれを表しているのではないでしょうか。

繰り返されるメタファー

以降は私なりにこの映画を解釈します。
思い切りネタバレします。

この映画では数々のメタファーが登場します。
まずわかりやいすのが木が生命のメタファーであるということ。
本作の中で木は命を表し、主人公グラスの心情を表します。
グラスは劇中、亡くなった奥さんが遺した次のような言葉を何度も反芻します。
「嵐の中の木を見なさい。葉や枝は揺れても幹は揺れない」
大約して信念を持って生きろくらいの意味だと思うのですが、この言葉からして木を人生≒生命に例えています。

また、劇中で繰り返されるのは"生まれ変わりのメタファー"です。
映画において狭い場所というのは子宮を表し、そこから出てくるというのは誕生を意味します。
例えばホラー映画なんかで猟奇殺人者に追われた主人公がロッカーやベッドの下に隠れてなんとかやり過ごし、そこから出てきた後から反撃を開始するといった描画がよくあります。
これは一度子宮に戻ってそこから誕生することで強い人間に生まれ変わり、恐怖に立ち向かっていくことを意味します。
最近の映画でいえば『ルーム』の監禁部屋は明らかに子宮でありそこから抜け出すことでジャックは初めて世界に誕生します。脱出前に卵を割る(=殻を破って誕生する)という、誕生をイメージさせるシーンが何気ない日常のワンシーンとして2回も出てきます。
アイアムアヒーロー』でも英雄がZQNたちと戦うのは隠れたロッカーから出てきた後からです。

本作ではグラスは何度となく死の危険に晒され、その度にこの生まれ変わりのメタファーが登場します。
では、グラスは何に生まれ変わっていくのか。それは動物です。

第一の生まれ変わり

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物語は収穫した毛皮を船に積もうとするアメリカ人ハンターたちが先住民に襲われるシーンから始まります。
(このシーンが『プライベート・ライアン』のノルマンディ上陸作戦を思い起こさせる凄惨さで最高です)
ハンターたちも先住民たちもバタバタと死んでいくこのシーンでは生命の象徴たる木々が燃えて倒れていきます

なんとか逃げ延びたグラスとその息子ホーク含む数名は先住民たちに追われながら砦を目指しますが、道中グラスは巨大なグリズリーに襲われてしまいます。
なんとかグリズリーを殺したグラスですが瀕死の重傷を負います。
まだ息があるグラスを見捨てるわけにはいかない隊長はホーク、ブリッジャー、フィッツジェラルドに残ってグラスを看取ってから隊に追いつくように依頼します。
しかし、フィッツジェラルドはホークを殺し、ブリッジャーを騙してグラスを生き埋めにしてしまいます
重傷を負って動けないグラスは息子を殺され、自分が埋められるのを黙って見ていることしかできません。
この時、強い風に揺れ動く木々が映し出されます。
これは息子という"幹"を失って根幹から揺れ動くグラスの心情を表しているんだと思います。

意識を取り戻したグラスが土から這い出てくるというのが第一の生まれ変わりです。
クマの毛皮を身にまとい、クマの爪のペンダントをつけて、脚の怪我のために立ち上がれずのそのそと這う姿はまさにクマそのものです。
川で泳いでる魚を手掴みで捕まえ、生のまま食べるシーンなんてシーンも登場します。

息子の死体を見つけたグラスはフィッツジェラルドへの復讐心に燃えます。
グラスという木の幹が息子から復讐心へと変わった瞬間です。

第二の生まれ変わり

先住民に見つかり、逃げた先でグラスはバッファローを狩る狼の群れを見つけます。
手出しすることはできず、その場で眠り込むグラスですが、物音に目をさますとポーニー族の男が狼を蹴散らしバッファローを奪っています。
グラスは這いつくばって敵意をないことを示し、バファッローの肉を請います。
ポニー族の男は無言でバッファローの肝臓をグラスに差し出し、グラスはそれを生のまま食べます。
以降、グラスはポニー族の男に同行します。

道中、具合が悪くなったグラスのためにポーニー族の男は木の枝で小さな小屋を作り、グラスはその中で吹雪をしのぎます。
グラスは小屋の中で生死の境を彷徨い、幻覚をみます。
それは朽ち果てた教会で死んだ息子と出会うというものです。
明らかにあの世のビジョンであり、死の世界に片足を突っ込んだグラスが死んだ息子と再会したわけです。
思わず息子を抱きしめるグラスですが、ふと気づくと息子ではなく木に抱きついています。
死の象徴たる息子ではなく、生命の象徴である木に抱きつくグラス
まさに生にしがみついたグラスは生き延びます。

この小屋から這い出てくるのが第二の生まれ変わりです。

何に生まれ変わったのかは明確です。それは狼です。
這いつくばり生でバッファローの肝臓を食べ、同族と群れを作って行動する様はまさに狼です。

ポーニー族の男はグラスに自分も家族を殺されたが、復讐はしないと語ります。
「復讐は神の手に」と。

第三の生まれ変わり

小屋から這い出たグラスはポーニー族の男がフランス人のハンターに殺されているのを発見します。
グラスはそのフランス人たちに捉えられている先住民の女性を助け出し自分も馬を奪って逃げます。

フランス人から逃げた先では先住民たちに見つかり、必死に逃げるのですが、馬共々崖から落ちてしまいます。
しかし、木の枝にぶつかりながら落ちたグラスは一命を取り留めます。
ここでも木によって命が救われています。

生き延びたグラスは死んでしまった馬の腹を割き、裸になって馬の体内に入ることで寒さをしのぎます。
朝になって血にまみれながら裸で馬の死体から這い出るグラスの姿は胎児そのものであり、非常にわかりやすい生まれ変わりのメタファーです。

ここでのグラスは馬です。
馬の体内に入ってしまっているんですから、フランス人や先住民から走って逃げる姿がどうのというレベルではなく人馬一体です。

それぞれの宗教観

クマ、狼、馬と転生を繰り返したグラスはなんとか砦に辿り着き、逃げたフィッツジェラルドを追います。
この時のグラスは銃を手にし、一時は人間に戻りますが、フィッツジェラルドを追い詰めた時に両者の手には銃はなく、ナイフでの戦いが始まります。
ナイフは爪や牙の代わりだと考えると、両者とも動物として戦っているということがわかります。
劇中では何度も「savage(野蛮)」という言葉が出てきますが、ここでは最も野蛮な獣同士の最も野蛮な戦いが繰り広げられるのです。

このように他の動物へと転生を繰り返すという観念はキリスト教的ではなく、どちらかといえばネイティブアメリカンの精霊信仰に近いものがあります。
この輪廻転生はブリッジャーが暇つぶしに水筒に刻むマーク、渦巻き模様によって暗示されていました。
この物語は生まれ変わりの物語でもあると同時に信仰についての物語でもあるのです。

フィッツジェラルドは途中で自らが語るように「神を殺してでも生き残る」男です。
ポーニー族の男は復讐すら「神に委ねる」人物でした。
それぞれにとっての神やその捉え方が違うことが示されています。

ではグラスにとっての神とは。

とうとうフィッツジェラルドを追い詰めたグラスですが、とどめを刺すことはせずにフィッツジェラルドを川に流します。
ポーニー族の男の言葉に従ったわけです。
流れの先にいて、フィッツジェラルドの先にいる先住民の男はここでは神の象徴です。
ここで注意したいのが彼自身が神というわけではなく、彼がそこにいるという事象が神の象徴ということです。
それを偶然と捉えるか、神の計画と捉えるか、自然の流れた作り出したものと捉えるかがそれぞれの宗教観なんだと思います。

復讐という"幹"を手放したグラスは最後の最後に自らの神と出会います
彼の今後どうなるかは観客の想像に任されています。
嵐を前に倒れてしまうのか、別の"幹"を見つけて生き抜くのか。




なかなか解釈の難しい映画でした。
上記の考えもまだまだ足りていないところや、もしかしたら大間違いがあるのかもしれません。(というか確実に間違いはあると思う)
それでもあの映像美には圧巻されましたし、なぜだかとでも好きな映画でした。
絶対映画館で観る価値がある映画ですので、興味があれば是非ー。

参考リンク

町山智浩『レヴェナント』とディカプリオのアカデミー賞受賞の可能性を語る
町山智浩さんによる映画の紹介

レヴェナント 蘇えりし者:レオナルド・ディカプリオ、アカデミー賞受賞作品。置き去りにされ、息子を殺されたハンターによる復讐劇。|NEWS -MOVIE-|honeyee.com Web Magazine
真魚八重子さんによるレビュー

『レヴェナント:蘇えりし者』が、どれだけスゴい映画なのかまとめました! #レヴェナント100連発 - Togetterまとめ
本作のトリビアまとめ