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明日に向って寝て!

映画とか、本とか、アイドルとか、旅行とか。基本的にネタバレします。

『LISTEN リッスン』-音も物語も、「ない」けど「ある」

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監督:牧原依里、雫境
製作国:日本
製作年:2016年

解説

「ろう者の音楽」を全編無音で視覚的に表現したアートドキュメンタリー。自身も耳の不自由な新鋭女性監督・牧原依里と、アニエス・ベー監督作「わたしの名前は...」などに出演した舞踏家・雫境が共同監督を務め、スタッフ・出演者のほぼ全員がろう者で構成。出演者は楽器や音声を介さず、全身を駆使した身体表現によって「音楽」のある空間を生み出していく。「魂から溢れでる『気』のようなものから音楽を感じる」と語る彼らならではの音楽表現を通し、「音楽」の新たな可能性を探る。(映画.comより)

音も物語もないけど、「ある」

www.youtube.com

これがどんな映画なのかってのは予告編を観てもらうのが一番わかりやすくて。
とても楽しげではあるんですが、同時にすごい緊張感がある予告編だと思うんです。
劇場でこの予告編を何回か観てるんですが、実際これが流れたときは劇場内が水を打ったように静まり、張り詰めたような緊張感が走ります
誰もが息を呑み、なるべく音を立てないようにしているのがひしひしと伝わってきました。
そんなシーンに何度か立ち会っていたのですごく気にはなっていました。どうやらそれは私だけではなかったようで、公開してからしばらくは満席が続きなかなか観れないでいましたが、先週末にやっと観れました。

予告編の通り、この映画には環境音や効果音、BGMから話し声に至るまですべての音がありません。劇場の入り口で耳栓を配る徹底ぶりです。
また、聾者がなにかしらの表現を行っている映像を繋げたものなので劇映画のようなストーリーはありません。

一見は。

映画を観終わって、音楽的な"何か"を感じたし、物語的な"何か"を読み取ったような気がしました。

こういった類の映画に「こういう解釈だと思う」なんてのは野暮の極みなので単純に思ったことを書こうかと。

 

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劇場ではこんな耳栓が配られてました。

緊張感と疲労感

物語る動き

無音状態の映画館で映像を見るという経験は、これまでにしたことがなかったので、最初はやはりものすごい緊張感でした。
何をどう受け取ればいいのか、何をどうやって読み解けばいいのか全然わからなかったのです。
その緊張感が解けたのはサスペンダーをつけた恰幅のいい男性のパフォーマンスを見てからでした。(予告編の0:13頃に登場する男性)

彼は一切言葉を発しませんが、そのパフォーマンスはものすごく詩的だと感じたのです。
彼は体の動きで色々な自然物を表現します。蝶の羽ばたき、風の揺らぎ、打ちつける雨・・・まるでその動き全てに意味があるという「フラ」のようだと思いました。
そう考えたとたん、彼の動きの一連の流れが詩なんだ!と気づきました。
季節が移ろい風景が変わっていく様子を歌い上げていて、それはまさに私たちが慣れ親しんだ"歌"や"音楽"のようでした。

そう考えると他のパフォーマンスも違って見えてきます。
室内に座った仲睦まじい様子の男女も、木陰に座った少女もそれぞれ物語を語っているように思えてきます。

奏でる動き

リラックスして個々のパフォーマンスを見れるようになるとさらに音楽的な何かが「見え」てきます。
楽しげにリズムを合わせる男女の様子はまるでジャムセッションをしているようであり、リズムやメロディ、ハーモニーすら喚起させます。

激しく体を動かすスキンヘッドの男性(監督の雫境さん)や青いアウターの女性(監督の牧原さんの友人らしい)からはさらにもっと原始的で衝動的なものを感じすらします。
それはまるで私たちが音楽に心を揺さぶられた時の、ファンキーなベースに思わず体を揺らしてしまった時の、激しいドラムのビートに思わず頭を振ってしまった時の、体の底から湧き上がってくる衝動と同じようなものだと思いました。

彼らが表現している「何か」は私たちがよく知る「音楽」にものすごく近いんですが、また別のものなんじゃないかと思います。
ベースはきっと同じものです。生まれてくる根源は同じで、同じ衝動や想いによって表出されたきたけども、表現のされ方が違う

それはきっと私たちと世界の捉え方がちょっとだけ違う彼らだからこそ到達しえた表現なんでしょう。

世界の捉え方

観終わった瞬間、ものすごい疲労感に襲われました。
いつもは聴覚から得ている情報を視覚を使って読み取ろうとするのは、普段は使わない筋肉をいきなり使ったような感覚でした。

私たちはいくら高精度な耳栓をしても完全な無音状態にはなれません。
自分の吐息や鼓動の音は聞こえてきます。
それでも音のない映像から情報を必死で読み取ろうとした経験をすることで、少しだけ彼らの世界の捉え方を知れたような気がします。

上映後のトークショーでは音声認識ソフトによって声が瞬時に文字にされることで聾者の方とタイムラグの少ないコミュニケーションが取ることができました。
また、劇場の外では聾者の方がスマホのテレビ電話を使うことで、手話で電話している様子を見かけました。
どちらも近年ではとても一般的になったテクノロジーでしたが、そう言った使い方ができるということを認識すらしていなかった自分の想像力の乏しさにがっかりしたと同時に、IT関連技術者の端くれとしてはテクノロジーが端的に人の役に立っているのを見て嬉しくもなったりしました。

明らかに今まで知らなかった世界を体験することができる映画でした。
ディスク化されるのかはわかりませんが、劇場の緊張感込みでの映画体験を是非味わってもらいたいです。

 

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トークショーの様子。監督たちの手話を通訳者の方が声に出すとそれが自動で文字起こしされる。私たちの話す言葉も文字起こしされるのでコミュニケーションのラグが少ない。

関連リンク

聾者が奏でる無音の音楽映画が劇場公開!上映を全国に拡大したい(牧原 依里・雫境(DAKEI)) - READYFOR (レディーフォー)
本作の広告費はクラウド・ファンディングで集められたそうです。

映画『ザ・トライブ』オフィシャルサイト
鑑賞中に思い出した映画その1。会話が全て手話で行われる映画です。

映画「エール!」公式サイト

鑑賞中に思い出した映画その2。こちらは音をうまく使うことで音が聞こえないということを表現していました。